愛しいものを愛しい、と強くおもうこと

三月、が過ぎて四月になった。

友人たちはそれぞれにそれぞれの道を歩みはじめて、どこかそのことをまだちゃんと受け入れていないでいる。

いくつかのことで、過去を振り返りながら、これからを考えている。
過去というものを恥ずかしげもなく語ることも、今というものを恥ずかしげもなく語ることもとても難しいことで、でも、適切にそれらを捉えていないと、自分で自分のことをわからなくなる、そうしてじぶんのほんとうにやりたいこととかもわからなくなる。

それでも、

わたしの18年間はそんなに明るいものではなく、それからの4年間は途方もなく愛しいものだった、と。

強く思う。たくさん救われたのだと。そう思う。

仔細に書こうとすればそのうちに恥ずかしさで書けなくなってしまうだろう、だから、いくばくか大雑把で、でも、ほんとうのこと、を掴もうとするのならば、

ここにくるまでは、わたしは世界を憎んでいた、そうして、ここでもう一度、世界と適切な関係を結びなおした。

と、言える。

わたしにとって大学での日々は、きっととても幸福なもので。ちゃんと世界を愛せるようになったのもこの四年間でのことで、それは「世界と出会い直すことができた」とかそういうふうになるのだろう。

その出会いなおしの中で、愛しく大切なものがいくつかできて、でもそれはまた次に話そう。

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