「新宿は、夜行バスで旅立つひとを見送る場所だ。」

IMG_9983

Photo : 2014.02.23 11:04:44 Shinjuku / Central Park

 

「Twitterは毒よ」、と君は言った。
「大切なことも、なにもかも細切れにしてしまう。忍耐のない君は、ひととおり書き終えてしまえばそれで放りだしてしまう。もっとことばを尽くさないといけないことであっても、ね」

 

しばらくはふぁぼるだけのアカウントになろうと思う。つぶやきたくってうずうずしちゃうのだけど、我慢。

ブログをちゃんとやろうと思う。

 

 

 

 

ひとつの街は、それぞれのひとにとって、違った見え方をしている。君と私とで、同じように見えている部分もあれば、ちがうように見ている部分もある。

 

どこだっていいのだけど、たとえば、新宿、という街について考えてみよう。(吉祥寺だって、鎌倉だって、神戸だって、広島だっていいのだけど、私にとってのいくばくかの記憶があることが大切だ。)
新宿はとてもおおきな街。西側と東側でずいぶん様子もかわっている。わたしがよく行く場所も、君がよく行く場所もきっとちがう。通る道も、JRの出入り口も。君は新南口をよく使うかもしれないし、私は東口をよく使うかもしれない。あるいは、新宿にはほとんど来たことがない、なんてことでもいい。

馴染み深い街かも知れないし、物語の中やテレビのなかでしか知らない街かもしれない。

 

 

ともあれ、ここで大切なのは、「ひとつの場所が多様な、あまりに多様な意味を含んでいる」ということだ。
こういった、多様な意味の含まれている場所について、ただ「新宿」といっただけではあまりに、その輪郭はぶれ・ぼけまみれになってしまう。
しかし、このような場所と意味のあり方は、かえって面白い事態を生み出す。

 

 

「多様な視点を、多様なままに捉えること。」
「多様な視点を多様な場所から重ねること。」

 

全体をいちどに見渡そうとするのではなく、たくさんの視点を、そのままにかさねあわせること。
「いちどに見渡そう」とすることはたいていの場合、失敗する。地図が描き出すような「無限の遠さから描き出されるような、平面」というのは、私の、君の見た風景をまったくふくんではくれない。

そうではなく、私の、君のみた風景から出発すること。

 

 

たとえば、
「乗り換えなんてすぐに慣れるよ。」

 

たとえば、
「新宿は、夜行バスで旅立つひとを見送る場所だ。」

 

たとえば、
「新宿は豪雨。」

 

たとえば、
「バイトのおわり、西武新宿駅で。」

 

たとえば、
「東南口で待ってる。」

 

 

 

「乗り換えなんてすぐに慣れるよ。」
高校のころ、初めて「東京」にきて、一緒にいた先生はそういっていた。たしかに慣れてしまったのだけど、あのころの、あの

「東京の鉄道のめちゃくちゃな感じ」はいまでも覚えていて。

 

 

「新宿は、夜行バスで旅立つひとを見送る場所だ。」
最後に夜行バスで旅立つ人を見送ったのは去年の秋のことだった。バスの発着所の近くのカフェには旅立つ人たちが思い思いのときをすごしていた。遠い場所へ、深夜旅立つ乗り物というのは、それだけでいくばくか物語めいている。見送ったあと駅まで歩く。夜の空気が心地よかったことと、都庁前でサックスの練習をしていた人がいたことを覚えている。

 

 

「新宿は豪雨。」
あなたはどこへやら。ここから遠い街で、よく歌っていた。そのころまだ新宿はおはなしのなかの街でしかなかった。

 

 

「バイトのおわり、西武新宿駅で。」
彼らの使う駅は、僕のいつも使う駅より北のほうにあって、いくばくか、僕の新宿からは遠い場所にあった。

傘を探して池袋を歩き回ったあと、新大久保から歩いて向かった。

 

 

「東南口で待ってる。」
埼京線からおりてきて、その出口以外まともに使えないという子との待ち合わせはたいていそこで、よくルミネ2にいく。

すこし歩くと、路上ライブがよく開かれている通りがある。

まだ高校生だったころ、大学のオープンキャンパスで上京して、新宿を歩き回って、タイムズスクエアで友だちと迷子になっていたこともあった。

 

 

 

こうしたひとつひとつの言葉は、「新宿の全体性」をとらえはしない。しかし「新宿は、夜行バスで旅立つひとを見送る場所だ。」といったことばは、全体性を捉えようとする言葉よりも、豊かに新宿のことを語ってくれたりする。

 

 

「新宿は、夜行バスで旅立つひとを見送る場所だ。」で捉えられる新宿には、たくさんの外部がある。しかし、むやみに全体の地図を描こうとした言葉より、ずっと満ち足りている、と、少なくとも私は思う。

 

 

きっと、必要なのは、具体的な言葉から出発することだった。

 

 

「都市=きみはいつだって私の言葉をすり抜けてゆく。私はそのたびごとに都市=きみに新たに出会う。」

 

 

 

 

 

しりきれとんぼ。

いくばくか、思考の細切れな感じはぬぐえない。
リハビリが必要ですね。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です